幻想
 鳩葉は青葉に報告したいことがある。あの、フウが、フウが、プロデューサーとして音楽をバックアップしてくれる。非常に心強い反面、もしかしたら駄目だしのオンパレードかもしれない。それでも、いい。やってみて緒戦して駄目なら悔いはない。
「鳩葉ちゃん!謎が解けたよ」
 と青葉が屈託のない笑みを見せ、荷物をまとめていた。
 ああ、そうか。もう、終点の赤城なんだ、と鳩葉は思った。
「謎って?」
「拳銃だよ、拳銃!」
 青葉が興奮する。興奮しすぎて座席の肘掛けに臑を強打していた。
 あの制服の少女の事か。制服の男の子もいたけど二人はカップルだろうか。まあ、今となってはどうでもいい。
「水鉄砲でしょ」
 鳩葉の言葉に青葉が目を丸くする。その光景を見て、彼女は自然な笑みがこぼれる。
「知ってたの?」
「五号車に戻る前に、確認してきたから」
「ああ、そっか。通り道だもんね。しかし最近の高校生は言葉を知ってるよ。いかにマスコミが当てにならないか、っていうのがよくわかった」と不釣り合いなピースサインをし、「鳩葉ちゃん。俺、就職したんだ」と真剣な眼差しを鳩葉に向けた。
 思わず、「えっ?」と鳩葉も目を丸くした。
「俺、鳩葉ちゃんと結婚したいんだ。でも、鳩葉ちゃんは音楽を続けたいと思う。だから、俺が就職して鳩葉ちゃんを支えていこうと思う」
「だから、髪を切ったの?」
 鳩葉は言葉にならない声で言った。
 うん、と青葉は頷き、「気にしないで、就職しても音楽は続けられるから。幸せになろう」
 鳩葉は嬉しかった。本当に自分のことを考えてくれているのだと。フウ、フウ、と言っていた自分が恥ずかしくなる。彼女は青葉に歩み寄り、その後の展開を待った。
「幸せになろう。プライベートでも音楽でも」
 青葉の唇が近づいてくる。周りの乗客から、「まじ、ここで、うそだろ」という驚きの声が聞こえる。でも、青葉の唇が消えた瞬間、フウっと周囲の雑音が、鳩葉の耳から掻き消えた。そこには唇の重なり合う音だけが、こだましていた。

    一号車

「変な約束しちゃったな」
 胡桃は後悔した。既に鳩の目のように小振りな目をした鳩葉は立ち去っていた。これだからミュージシャン志望や、ミュージシャンという職業を生業にしようとしたり、生業にしている人間は扱いづらいし風変わりだ。
「後悔してますか?」
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