幻想
「好きなアーティストはビートルズとセックスピストルズ」
「え?ピストルズは嫌」
「じゃあ、ビートルズは好き?」
「そうだね。彼らの音楽は不変的よ。たぶん、人類がいる限り聴かれると思う。私は、そういう音楽を作りたいし、彼らを超えたい」
 鳩葉はカップラーメンを食べるたために、ケトルに水を入れガスコンロの火をつけた。
「でも」と青葉は腕を組みながら、「そんなこと考えなくいいじゃないかな」とカップラーメンに薬味を注ぐ。
「なぜ?憧れを超えたいと思うのは当然のことだと思うけど」
「たしかに」青葉は頷きはしたが眉間に皺を寄せ、再び元の柔和な表情に戻った。「彼らの変えはきかないように、僕らの変えはきかない。結局、最後に重要なのはオリジナリティ」
「人を惹きつけるか惹きつけないか」
 鳩葉は意地を張る。自分でも大人げない態度だと思っている。
「だからこそのオリジナリティ」
 と青葉も負けじと言葉を発射してくる。
 それからも、なにかとオリジナリティを連呼する青葉がいたが、そんなことはかの樹主わかっている。もしかしたら今は壁なのかもしれない。メロが浮かんでこないし、ライブで演奏していても、観てくれるお客さんには悪いけど、どうも熱が上がらない。今はそういう時期で、休息の時期かも。
「鳩葉ちゃんは、アーティストだと誰が好きなの?」
 と青葉が訊いて来た。
「『ウイング』かな」
 鳩葉の回答が意外だったのか、青葉は目を丸くした。
「正直言ってバンド形態じゃなくて意外だった。でも、歌い人としては共通してるよね。でも、詞がどこか暗い」
「それがいい。今の混沌とした時代に合ってる」
「でも、忽然と消えた」
 そうなのだ。活動期間は実質一年半。リリースした曲はなしであり、十曲入りのアルバム一枚のみである。曲調はアコースティック調だが、ときにロックも絡める。
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