略奪ウエディング
食事を終えて店を出ると、冷たい風が頬を撫でる。

「まだ寒いな」

もうじき三月になるというのに北陸の気候は春の兆しを全く見せはしない。

「今年はまだ暖かいほうですよ」

そう話す梨乃の口からも白い息が吐き出されている。

俺は自分の首に巻いていたマフラーを外すと、梨乃の首にそっと巻いてあげた。

「暖かいです。ありがとう」

彼女が笑って言うのを見つめながら、俺も笑う。
ずっと一人で暮らしてきたのに、君のいない部屋に帰るのが嫌だなんて、格好悪くて言えはしない。

「俺も温めてよ」

その小さな手を繋いで歩き出す。
離さない。何があっても絶対に。そう心に誓って言いかけた。

「あの、梨乃。実は…」

その時彼女の目線が、ある店のショーウィンドーに注がれていることに気付き、話をやめて俺もそちらを見た。

……あ…。

そこにあったのはキラキラと輝くスパンコールを胸に散りばめたデザインのウエディングドレスを着たマネキン。
梨乃は遠い目をしながら眺めている。

「梨乃」

呼びかけると、彼女はこちらを向いた。

「あ、ごめんなさい。ぼんやりしてて。何か言いかけた?」

「いや…、別になにも」

俺は何も言えないまま、梨乃の手をただ強く握っていた。




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