略奪ウエディング
そのままタクシーに乗って彼女の家の前まで来たとき、ちょうど会社帰りのお父さんと出会った。
俺も彼女と一緒に車から降りて挨拶をする。

「先日もありがとうございました」

「やあ、こんばんは。入ってお茶でもいかがですか」

お父さんはにこやかに話してくれる。

「いえ、帰って仕事をしなくてはならないので…。ありがとうございます」

そんな俺にお父さんは話を続けた。

「昨日はすみませんでしたね。梨乃に付いて一緒に病院にお見舞いに行っていただいて。複雑な思いもおありでしょうに。申し訳ありません」

…は?病院?
意味が分からず返事を躊躇っていると、お父さんも不思議そうな顔をした。

「あれ?梨乃。昨日は片桐さんと病院に行ったんだろう?」

梨乃は目を見開いてお父さんを見たまま黙っている。

「事故だなんて驚いたよなぁ。だが何事もなくて良かったよ」

一体何の話だ。俺も梨乃と一緒に黙ったままでいた。

「あなたが一緒ならと安心していました。それなら疑われることもないと。その後泊めていただいて、すみません」

俺たち二人の反応を見て、お父さんは「梨乃?」と彼女を呼んだ。

「片桐さんと一緒だったんだろう?そうでないとおかしいからなぁ」

俺も彼女を見た。どうしたらよいか分からないような顔をしている。

「東条さんのお見舞いに一人で行くわけないもんな。ま、付き添った上に次の日には見舞いにも行ったんだ。義理は果たせたんじゃないか」

お父さんの最後の言葉を聞いて俺の心は凍りついた。
そのとき一瞬吹き荒れた、髪を逆撫でるような突風にも寒さをまるで感じなかった。

「じゃあ、私はこれで。梨乃も早く家に入りなさい。片桐さんも仕事がおありみたいだから」

立ちすくむ俺たち二人を残して、お父さんは家に入って行った。




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