略奪ウエディング

三月二十日



『君にとって、忘れられない出来事が起こる日だよ』
以前、いたずらに笑いながら彼はそう言った。

今日は…三月二十日。
忘れられない出来事。それは何を意味するのか、さっぱり分からないままに今日を迎えた。

「普段着のままでいいから、六時に会社に来てくれないか」

彼はそう言って会社へと出かけて行った。

デートかしら。兼六園の桜はまだ咲きはしていないけれど。春の気配が近づく街を、彼と二人歩くのは素敵。
勝手に想像して舞い上がる。
普段着でいいと言ってくれたけれど、そんな訳にはいかない。
私は服を選びに家に向かおうと思い彼の部屋を後にした。




「ただいま、お母さん?いないの?」

私が言いながら部屋に入っていくと、母はビクリと身体を揺らした。

「あら、梨乃。帰ってきたの?」

「だめなの?」

「連絡がなかったから。…驚いたわ」

…何だろう。母の様子に違和感を感じた。

「お母さん?何かあった?」

「何がよ。変なこと聞くわね」

言いながらも母は私と目を合わせない。
おかしいような気はしたが、私は自分の部屋へと向かった。どうせお菓子でも隠していたんだわ。そう思った。



部屋に服を並べて悩む。
どれが可愛く見えるかしら。鏡に映しながら合わせてみる。
悠馬に可愛いと言われたい。
彼に似合う女になりたい。

「あれ。お姉ちゃん」

その時。妹の梨花が部屋にヒョコッと顔を出した。

「学校は?」

「今日は一時で終わり。職員会議だって」

「そう」

たったそれだけの短い会話の中にも、不思議な違和感を感じる。
何だろう。お母さんと梨花。二人と話した内容はどこもおかしいところなんてなかったのに。



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