略奪ウエディング



濡れた薄い唇から、息とともに吐き出される課長の掠れた声。

「違うんです、私…。信じられなくて…嬉しくて」

「早瀬さん…。いや、…梨乃。君が…可愛くて、仕方がないよ」

嬉しくても泣き、悲しくても泣く。恋に支配された女の心の中は複雑なようでとても単純だと思う。
そこにあるのはただ、相手が愛しくてどうしようもないということ。

こんな気持ちで東条さんと永遠の愛なんて誓えない。
このまま気持ちを偽って結婚しても、一生をかけて彼を裏切ることになる。
綺麗なままで終われないのは分かっている。
今さら東条さんにどう思われたいというのか。

「…彼を…呼んでもいいですか」

私が言うと課長は「お願い」と言って目を細めた。

恐れることはない。課長はきっと私を本当に好きになってくれる。この手は離れたりなんかしない。

「あの。信じても…いいですよね?」

私の問いに、課長はクスッと笑った。

「そんなに信じられないなら…明日の朝礼の壇上でキスしてもいいよ」

「なっ!やめてください!…そんなことを言っているわけじゃ…」

課長は笑いながら私を見ている。
私もつられて笑った。
その笑顔に勇気を与えられたような気になった。

私は携帯を取り出すと、東条さんの番号へと震える指で発信した。

「もしもし。早瀬です…」





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