略奪ウエディング
――「彼に、会えるかな。できたら今日中に」
「え。今日は…、雪も降っていますし…。それにこんな急に…」
私と課長は手を繋いで歩いていた。
私の頭の中はふわふわして、何だか夢の中を彷徨っているような感覚だった。お酒を飲んで酔っているような…。
「無茶だと分かってはいるんだけど。一秒でも早く、君が誰かのものであることを解消したいんだ」
耳にさらさらと入り込んで来るキラキラと輝く言葉たち。
一言一言を綺麗に包んで心の中にしまっておきたい。こんな時間がいつまでも続いていけばいいのに。
だが、頭の中の冷静な部分でブレーキをかける。
「でもやっぱり、こんなことは…」
私が言いかけると、課長の足が止まった。
「いいよ。正直に言おう。本当は、君が婚約者を裏切るような人間ではないことは知っている。
今日、このまま別れたなら君は思い直して明日には彼の元へと戻っていくだろう。
…怖い…のかも知れない」
「あ…の…」
私は彼の言葉を聞き間違えたの?
課長が私のことでそんな思いを抱くなんてあり得ない。
「はは…。カッコ悪いな。こんなことを女性に言ったのは初めてだよ。…こんな風に誰かのものを奪うのも」
信じられない。こんなことは、現実に起こるはずがない。
私がそう思ったのが伝わったかのように、課長は私を濡れた瞳でじっと見つめた。
そのままそっと顔を下げて私に唇を重ねてくる。
驚きで目が開いたままだった私も、次第に瞼が重くなりそっと目を閉じた。
頬に当たる雪の冷たさが、唯一これが現実なんだと実感させてくれていた。
全身が宙に浮いているような感覚だった。
柔らかく当たる課長の唇の感触で脳が中心から溶かされていくようだ。
私…課長と、キスしてる…。こんなことが…起こるなんて…。
「ん…っ」
次第に激しくなっていく課長の動きに合わせようと必死になる。
彼の首に腕を巻きつけてしがみついた。これが夢であるならば覚めないで。消えてなくならないで。強く願いながら。
課長の冷たい指先が、私の頬を撫でていく。はらはらと私の目からこぼれ落ちる涙に気付いて課長は唇をそっと離した。
伏目がちに私を見下ろすその瞳は、ゾクゾクするほどの色気に満ち溢れている。
長い睫毛が、彼の目の動きに合わせて揺れる。
私はそれを間近で食い入るように夢中で見つめた。
「…ごめん。泣かせた。君を巻き込んで…」