アイスブルー(ヒカリのずっと前)


拓海は再び黙り込む。
目を閉じていても、拓海が衝撃を受けているのがわかった。


悲しみの気配がする。


鈴音は目を開けた。
拓海は今にも泣きそうな顔をしている。


その顔に、鈴音は思わず手を差し伸べそうになる。
「ごめんなさい、言いすぎた」そう言って、拓海の頬に触れたくなるのを、ぐっと我慢した。


拓海はうつむき、握りしめた手を見つめる。


「それでも……」
拓海が大きく息を吸う。


「こんな風に言われても、引き離されても、ののしられても、それでも」


拓海の頬に涙が流れる。


「会いたいって」


語尾が震えた。


「僕の中の、僕の魂が、鈴音さんに会いたいって思ってるんだ」


鈴音の中の何かが、その言葉にこたえようとする。


「あなたから無惨に引き離され、あなたの子供という人生を奪われたとき、それでも再びあなたに会いたいって思った」
拓海は指で頬の涙を拭う。



「命を失う、
その最後の一瞬、
必死に願った。


会いたい。
もう一度会いたいって。


だから、出会った」



鈴音は我慢していた涙が、頬に伝うのを感じた。

震えている。
膝を抱えている両手が痺れている。


「復讐したくて、来たの?」

「ちがうよ!」
拓海が声をあげる。

「ちがうよ、最初はそうなのかと思った。あなたを恨んでるんだと、そう思ったけど」
拓海は自分の胸に手を当てる。

「ここが、違うって言うんだ。あなたに出会ったとき、あなたと初めて会話したとき、うれしかった。どうしてこんなに胸が高鳴るんだろうって、不思議に思った」


拓海は鈴音の頬に遠慮がちに手を伸ばし、涙を指で拭った。


「恨んでるとか、復讐しようとか、そんなことどうでもいいことだった。あなたにもう一度会いたい。ただそれだけ」


鈴音は下唇を噛んで、震えるのを堪えようとするが、思わず嗚咽が漏れる。


拓海は静かに鈴音の頭を抱き寄せた。
拓海の体温。
あたたかい。
拓海の唇が鈴音の頭のてっぺんに触れる。


「会いたかった」
拓海が言った。


その言葉を聞くと、鈴音はとうとう我慢できずに声を出して泣き出した。




拓海の言うことを、信じている訳ではない。
そんな訳がない。
そんな馬鹿な話は、ある訳がないのだ。
それでも。

彼の言葉とぬくもりが、どうしてこんなに胸の奥にしみてくるのか。



風鈴が鳴る。
拓海の髪からは、太陽の香りがした。



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