婚約者から逃げ切るだけの簡単なお仕事です。
「はっ、はい……?」
おずおずと顔を上げると、そこにいたのは仏頂面をした硬派そうなイケメンだった。
(あれ、珍しくマトモな人が声をかけてきたな……)
こういう時、チャラいというか馴れ馴れしい人が声を掛けてくる場合が多いので密かに身構えていたのだが、
今回は杞憂に終わったようだ。
逆にあまりにも珍しかったので、思わず私はその人をマジマジと見つめてしまう。
短くツンと立った髪。同じ色の瞳は、少しキツめに吊り上がっている。
第一印象をまとめると、『和風美人』って感じだった。
(うーん、ぜひ我が家に呼んで和服を着せたいなぁ……)
七宝院家は茶道の家元なので、男性用の着物も何着か置いてある。
そのうちの一つを着せた目の前の彼を想像した私は――咄嗟に両手で口元を覆った。
「……大丈夫か」
「は、はい。大丈夫ですわ」
ちょっと鼻血(幻想)が出そうになっただけですから。
私は慌てて背筋を伸ばすと、彼の目を真っ直ぐ見つめ返して首を傾げた。