腕枕で朝寝坊
*お礼SS まとめ*恋人編
☆ガーディアン・ウォール
~ガーディアン・ウォール~
※美織と紗和己が恋人になる直前のお話。
二号店にサンキャッチャーのディスプレイを見せてもらいに行った帰りのこと。
「ちょうど帰宅ラッシュと重なっちゃいましたね」
私と水嶋さんは帰りの電車に乗り込もうとして、人でごった返す車内に思わず肩を竦めた。
大勢のサラリーマンと幾らかの学生で電車内はすし詰め状態。出来れば乗りたくないけれど、そんな訳にも行かず私はなんとか人の隙間を伺って足を踏み入れた。
けれど。途端に後方の乗客に押し流され、自分の意思とは関係無しに身体が流されていく。
「わ、わ、わ」
このままだと転んでモミクチャにされてしまう。なんとか人波に抗おうともがいていると、ふと、私の身体からギュウギュウの圧迫感が消えた。
あれ?と思い顔を上げて見ると
「大丈夫ですか?鈴原さん」
水嶋さんが座席の手すりを両手で掴み、その中にすっぽりと私の身体を収めていた。
「はい、あの……大丈夫です」
その状況に私の心臓がドキドキ音を立てて加速していく。
こんなに混んでいるのだから仕方ない、とは言え。ものすごく近い。あと数センチ前のめりになったら、私の顔は水嶋さんの胸に埋ずまってしまうだろう。
そんな気まずさと。
殺伐ささえ感じる混み合った電車の中で、水嶋さんがしっかりと私を守ってくれているという……なんだかソワソワする気持ち。
そんなふたつの気持ちが私の中で入り混じって、心臓が一生懸命ドキドキするもんだから、なんだか顔まで赤くなってきちゃって。
思わず俯いてしまったけれど、あまりに近い距離だったので私の髪が水嶋さんのシャツに触れてしまったのが分かった。
どうしよう。どうしよう。近いよ水嶋さん。
けれど、俯いた目に映ったのは背中を押してくる人混みに耐え、私との距離を頑なに守ってくれている水嶋さんの足。
……私が男性に嫌悪感を持っていることを知っているから。水嶋さんは気遣って、決して身体が触れないように僅かでも空間を空けてくれているんだ。
人混みから守ってくれてるだけじゃなく、私の気持ちまで守ってくれてる。
そんな事に気が付いてしまって。ああもうどうしよう。なんだか胸がぎゅーって痛い。
電車の窓から射しこむ夕陽は眩しく朱くて、私の熱くなった頬の色と同化する。
触れそうで触れない大きな身体は、電車が揺れる度ほんのかすかに
熱を揺らす。
ガタンゴトンと。水嶋さんの腕の中に囲われて守られて、無言のまま電車は進む。
もう少しで駅に着くアナウンスが流れたとき、ふと顔を上げたら
「あ……」
水嶋さんもこちらを見ていて。
目が合ってしまってまた赤面する私に、彼は柔らかに微笑むと
「もうすぐ着きますよ」
と囁くように優しい声で告げた。
「はい……」と小声で返して、またも俯いてしまった私だったけど。
――もうちょっとこのままでいたい、かも。
なんて、思ってしまった。そんなとある夏の夕暮れ。
【おわり】