腕枕で朝寝坊

※fruits lover



~fruits lover~


※新婚編
※どっかの誰か目線





俺は奥手のしがない大学生。先月からスーパーの青果コーナーでバイトをしている。

とくにこれと言った面白味のない仕事だけど、最近気になる人が出来た。


週に2、3回買い物来る女の人。


きちんとした女の子らしい格好と、いつも“なんとなく”笑顔なのが俺のツボを突いた。


“なんとなく”笑顔ってのは、愛想がいいとかそう言うんじゃなく、いつもどことな~く嬉しそうな顔をしている感じ。

その“なんとなく”嬉しそうな顔は時々、イイ商品を見つけて“けっこう”嬉しそうな顔になったりする。

それが見れた日はなんだかスゴく得した気がして、俺は浮かれたりした。



その人はよく果物を買っていた。


りんご、オレンジ、キウイ、バナナ。


それから、青果コーナーの隅っこに置いてある干しあんず。週に一度は必ず5袋まとめ買いをしていった。

正直、ものすごく地味であまり出ない商品なので、干しあんずはこの人の為だけに入荷してると言っても過言ではない。


それから。


青果売場の目立つところにある贈答品コーナー。そこの宮城県産高級マンゴーを、彼女はよく眺めてた。

黒人少年がショーウインドのトランペットに憧れるような目で。


……よっぽど食べたいのだろうか。

けれど1個4700円はさすがに躊躇するらしく、いつも眺めるだけで去っていく。



話し掛けるきっかけが欲しいと思っていた俺はバイト代が出た日、思いきってその高級マンゴーを購入した。


……なんて話し掛ければいいだろう。いきなり『これ食べて下さい』じゃ変かな。

こういう時、全然女慣れしてない自分が腹立たしい。

『青果でアンケート採ってるんですけどこれ試食してもらえませんか?』なんてどうだろう。

ウソだっていいんだ。話すきっかけさえあれば。それで段々仲良くなればいいんだ。



あれこれ考えながら、彼女が買い物に来るのをキャベツの品出しをして待つ。
心臓は大きく脈打っている。


すると。


いつもより随分早い時間に彼女はやってきた。


……………背の高い男と手を繋ぎながら。



“どことなく”嬉しそうな顔は、今日は“ものすごく”嬉しそうな笑顔になっていて。


そこで、鈍感な俺は初めて気が付いた。


彼女の薬指に細いリングが填まっていた事に。


そしてそれは、隣の男の指にも同じものが填まっていて……。



--なんだよぉ。人妻だったのかよぉ……



俺は大きく肩を落として落胆した。



そんな俺に気付く筈もなく、彼女は旦那らしき男を青果の贈答品コーナーに連れていくと、例のマンゴーを指差して男に向かって小首を傾げた。


それに男が頷きニコリと笑うと、彼女はこれ以上ないくらい満面の笑みになって、マンゴーのふたつ入った篭を大切そうに持っていった。


……………ちぇっ。嬉しそうな顔しちゃって。


けれど、いつもの干しあんずをいつものように5袋買おうとした彼女は男に何か否められ、しょんぼりと3袋を戻していた。


全部買ってやれよ!ケチ旦那!と心の中で毒づいておいた。




家に帰ってから、俺はひとりの部屋で泣きながら高級マンゴーを食べた。

高いだけあって凄く美味いのがまた悲しい。


……あの人も今頃この美味しいマンゴーを食べて嬉しそうな笑顔を浮かべてるのかな……。


そんな事を考えてますます涙が出た。


1個4700円の高級マンゴーはとびきり甘くて、ちょっとしょっぱい涙の味と混じって。


失恋の味がした。





~fruits lover・完~
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