始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
「もう!」

取り残された私は、独り言で怒るしかなかった。
その日は午後から2件のアポイントを取ってある会社訪問をして定時を迎えてしまった。
帰社したけれど澤田くんはまだ外回りから帰って来ていない。
それはまあ、いつものこと。
その日の報告書を作成して今日の業務は終了。
スーパーに寄ってから帰ろうと会社を出て駅に向かって歩いていると、電話の着信音が聞こえてきた。
バッグから取り出して表示されている名前を見て胸がトクンと鳴る。

「もしもし」

何でもない顔をして電話に出ても、頬は素直に熱くなる。
そんな私の耳にささやくように響く声は、私の名を呼んだ。

「咲季さん」

「はい?」

今井さんと呼ばない彼は、今は外なのかな?
そんなことを考えながら返事をした。

「今、どこですか?」

「ん?帰り。駅に向かっているとこだよ」

「そうですか。残念だな、僕はこれから会社に戻るとこです」

「そっか・・・」

仕事帰りにすれ違う僅かな寂しさも、こうして連絡をくれたことに嬉しさが勝っていく。
ワーカホリックな彼だから連絡などあまりくれないだろうと付き合う前に思っていたけど、意外にこまめに連絡をくれたりする。
我慢することに慣れている私は、今回も自分の中ではいろんな覚悟をしていたのに、それを発揮する場がなかなかこない。
今彼が言った『残念だな』って言葉も、何か意味のある言葉で言ってくれたのだと思う。
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