始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
そして営業部に戻る前にトイレに寄って個室に入っている時、話しながら誰かが入ってきた。

話は止まることがなくカチャカチャと音がしたので、化粧直しでも始めたのだろう。



「ねえ、今日の朝会社の前で澤田さんの姿が見えたから、急いで走って行って話しかけちゃった」



「え~、いいな~」



こんな場所でも出てきた彼の名にドキッとして、私は便座に座ったまま縮こまる。

まったくどこでも話題になるんだな・・。



「そうそれで一緒にエレベーターに乗って、混雑を理由にくっついっちゃった~」



「やだ!抱きついたの?」



「まさか!あ~でも折角だから抱きついちゃえば良かったな。もう失敗だよ~」



「そうだよ~、よろけた振りすれば抱きとめてくれたかもしれないよ。もったいな~い」



「うそ~!」



キャアキャアと楽しそうな彼女達の声に、私の顔は能面のように凍りつく。

姿が見えないから声でしか想像できないこの状況に、心臓だけがバクバクと早くなる。

むかつき?怒り?苛立ち?この感情はどれ?

ああ、全部同じか。そう心でつぶやいて苦笑する。

彼がいない所でも彼の話題が出て、それを私が聞いてしまう。

早く会社に戻れてラッキーと思っていたけど、こんな状況で不快になってしまうのは早く会社に戻れたことはラッキーではなかったのかもしれない・・と思い直してしまうことになる。


澤田隼人・・・いったい君はどれだけもてるんだ。


これだもの、私が彼と付き合っているだなんて言えるわけがない。

そう思う一方、彼と付き合っているのは私なんだ!と言いたい気持ちにもなってしまう。

澤田隼人には彼女がいる。澤田隼人は今井咲季と付き合っている。澤田隼人に近寄るな。媚を売るな。

吐き出したい気持ちが次々に頭に浮かんでくる。

決して言葉に出してはいけないものなのに。

声に出ないように飲み込んで、飲み込んで。



私は大丈夫。何でもない。全然平気。



また自分に言い聞かせる。

そして今まで楽しそうに騒いでいた彼女達がいなくなったことを確認してから個室を出て、深いため息をつきながら営業部へと向かった。
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