ラストバージン
隣の席に腰掛けた榛名さんは、「貰うね」と笑って水の入ったグラスに口を付けた。


余程、喉が渇いていたのだろう。
グラスいっぱいの水を一気に飲み干した榛名さんを見て、彼がここに来た時の様子を思い出した。


「とりあえず、この間の話の続きをしようか」


瞳を緩めた榛名さんの優しい表情と、さっきの言葉。
それらに安堵感を与えられた私は、もう逃げようなんて考えなかった。


まるで榛名さんと向き合う事を決めたという証のように、どん底にいる自分自身がゆっくりと這い上がり始める。


「結木さんの過去を聞いた時、正直すごく驚いたよ」


私の方に体を向けている彼に向き直るとそんな風に切り出され、途端に体が僅かに強張った。


「不倫なんて他人事って言うか、自分とは縁がない話だと思っていたし、結木さんに対してもそうだと思っていたから」


日高先生の奥さんに会うまでは、私もそう思っていた。


不倫なんて、他人事。
自分には関係のない話だ、と。


だから……知らない間だったとは言え、自分がその渦中にいるのだと気付いたあの時、日高先生に振られた事とはまた違った意味のショックを受け、愚かでまぬけな自分をひどく恨んだりもした。

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