ラストバージン
「ねぇねぇ、お腹空いたー!」


しんみりとした雰囲気を少しだけ含んでいた部屋は、孝太の声で一気に明るくなった。


「あぁ、ごめんね」

「榛名さん、すみません」

「いえ」


申し訳なさそうに笑った榛名さんに、姉が慌てて頭を下げた。


「もう、孝太ったら……。朝ご飯いっぱい食べたでしょう?」

「だって、お腹空いたんだもん」


窘められて膨れっ面をした孝太は、姉から隠れるように私に抱き着いて来た。


「あら、もうこんな時間だったのね」


母はそそくさと立ち上がると、榛名さんに笑顔を向けた。


「お昼ご飯、召し上がって行って下さいね」

「いえ、今日はすぐにお暇させて頂くつもりでしたので」

「そんな事おっしゃらないで。ね?」

「榛名さん、ぜひそうして下さい」


母と父に笑顔を向けられた榛名さんは、恐縮しながらも笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。でしたら、何かお手伝いさせて下さい」

「ダメですよ、榛名さん。キッチンは私と母で充分ですから、寛いでいて下さい」

「すみません……。お言葉に甘えさせて頂きます」


姉に制された榛名さんは立ち上がる事が出来なくなり、母と姉が居間から出て行った。

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