ラストバージン
笑って誤魔化してばかりいた私は、菜摘とのランチをちっとも楽しめなくて……。いつもは気にしない腕時計に、無意識のうちに何度も視線を落としていた。


「この後、何か予定でもあるの?」

「え?」

「さっきからずっと、時間を気にしているでしょ?」


予定がある訳でも、時間を気にしている訳でもないけれど……。

「明日の朝一で主任ミーティングがあるから、帰ったら色々と纏めなきゃいけないなって思って」

見付けた言い訳を口にし、苦笑いで続けた。


「私、一番下っ端だから、準備もしなきゃいけないし」


並べた言葉は嘘じゃないけれど、それらは全てもう済ませてある。
就寝前に最終チェックはするつもりではあるものの、まだ明るい時間帯に帰宅する程の事じゃない。


「そうなんだ。だったら、もっと早く言ってくれればいいのに」

「あ、でも、別にそんなに大袈裟な話じゃないから」

「葵の事だから、どうせ後で無理するんでしょ? 葵の話も聞けたし、私は慎吾との事をちゃんと報告出来たし、今日はもう充分だよ」

「今日はお祝いにご馳走するね」


ニッコリと笑って伝票を持った菜摘からそれを取って微笑むと、彼女が「ありがとう」と破顔した。

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