吐き出す愛
完全に動きが止まって視線さえ逸らせない私に、有川くんは至近距離で目を合わせてくる。
浮かべた笑みは、過去に似たようなシチュエーションで見たことがあった。
「やっぱり佳乃ちゃんは、髪長い方が似合ってるな」
それだけを言うと、有川くんの手はするりと髪の毛の間から抜けていった。
身体の距離も、もとの微妙な間隔に戻る。
それでも私の身体はぎこちなく固まったままだった。
ドクンドクン……と。
心臓が異常な動きをしていた。
……有川くん、覚えてる?
初めてデートをした日に、言ってくれたこと。
私、あの日の言葉に捕らわれちゃったんだよ。
有川くんに褒められた髪を、似合うと言われた通りに伸ばすほど……。
だから、今の私の姿は、有川くんが作り出したもの。
変わってしまわないように保ち続けた自分の世界で、唯一変わったことなんだよ。
それぐらいずっと前から、有川くんは私の世界に入り込んできてる。
自分で意識するよりも、もう、ずっと前から――。
「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろっか」
太陽の傾きによって少しずつ色を変えていく空と海。
地平線を眺めながら、有川くんがゆっくりと立ち上がる。
だけど私の身体は、まだ帰りたくないとでも言うように固まったまま。
それでも唯一、手だけは頭で考えるよりも先に動いて。
気が付いたら、有川くんのTシャツの裾を掴んで引き止めていた。
……あ、しまった。
自分の動きに、やっとのことで思考が追い付く。
だけどそれはもう、有川くんが私の違和感に気付いたあとのこと。
歩こうとした有川くんはその動きでTシャツが突っ張ったことに気付くと、そのまま引き戻されるようにベンチに座った。