吐き出す愛


 おかしいよね。楽しいとかじゃなくて、苦しいんだから。

 出来ることなら好きという気持ちのように、誰か教えてほしいよ。

 この気持ちは、一体何なの……?

 せがむように見たもう一人の自分は何も答えてくれない。
 水道が吐き出した水が、やけに冷たく感じられた。



 トイレから出たあと。

 すぐに騒がしい空間に戻る気分にはなれなくて、廊下の突き当たりの窓から外を眺めることにした。

 ここから見える中庭では、葉を落とした木々が寒そうにしている。花壇にも、今は何も植えられていなかった。

 寂れた風景の中に風が吹き付ける音が、窓が閉まっている校内にも聞こえてくる。
 その音に乗じて溜め息を吐いたとき、視界の中で何かが動いたことに気付いた。

 瞬きをしてその正体を確認すると、ドキッと胸が震えた。

 あれって……。


「有川くん……?」


 ……と一緒に、見慣れない女の子も居た。

 有川くんと同じような茶色い髪のロングヘアーが、外の強風で乱れてしまっている。

 2人は中庭で一番幹が太い桜の木の陰で、向き合うように立っていた。
 3階からでもその姿をはっきりと捉えることは出来るけど、さすがに声までは聞こえてこない。

 何を、話してるんだろう……。

 角度の加減で有川くんの表情はよく見えない。そんな彼の腕を触りながら、女の子が懸命に口を動かしているのが分かる。

 別に会話の内容なんてどうでもいいはずなのに、聞こえないことがやけにもどかしかった。

 そしてまた、あの苦しさが胸に訪れる。

 キリキリと軋んだ音を立てる、あの苦しさ――。


 2人から目を逸らすことも出来ずにその場で固まっていると、ふと有川くんが女の子の頭を撫で始めた。
 女の子はさらに有川くんの腕を触り、嬉しそうに微笑む。

 そして、その直後。

 2人が……キスをした。


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