「涙流れる時に」
もうすぐ冬を迎える草津へ妻との旅行。恭平は心から安堵感に浸っていた。

妻を待つ間に、恭平は一人、ふらりと温泉街を散策に出歩いていてみる。

草津へは何度か訪れていた。美弥のお気に入りの宿もあるし、だから今回も選んだのだ。

旅慣れた街でその雰囲気を久々に堪能する恭平。現実から離れ、その空気は心からリフレッシュさせてくれる。

湯畑の周りでは多くの観光客が訪れていて、記念撮影で賑わっていた。ふと、声をかけられた時はカメラを頼まれたと思った。

「あの・・・

こちらの宿はこの辺りでしょうか・・・?」恭平に話しかける一人の女性。

「えーーっと。」恭平は女性を見上げると

そこには黒髪の女性が立っていた。切れ長の目に真っ赤な口紅。

その瞬間恭平は一瞬で心を奪われたような・・・。

「その宿でしたら同じですよ。僕も」

「そうですかぁ・・・」女はそう言っては微笑み返した。

女は宿にチェックインするのか、それ以上は話すことなく、

「ありがとう。では。」足早にスーツケースをひきながら恭平の元を去った。

「綺麗な女だったな。」恭平はその女の残像を脳裏に焼き付けた。

「いいなぁ、あんな綺麗な女と一緒か。」宿が一緒ってことだけで

なんとなく再会の機会を期待してしまう。美弥の顔を見るまでそんな妄想に夢うつつな恭平だった。

部屋に戻ると美弥は風呂から戻っていた。

「早かったね。」

「どこ行ってたの?」恭平は慌てて買ってきたビールを美弥に差し出す。

「これ、買いに行ってたんだ。」

「お風呂どうだった?」

「うん。すごくいいよ。」久々に見る、美弥の明るい笑顔は微笑ましかった。

「そうか・・・良かったね。」ここに明後日まで滞在する。時間はたっぷりある。

「もうじき食事が来るわね。」

「あぁ。」

宿の夕食はとびっきり豪華で食が進んだのか、

沢山食べて、慣れない酒を少し飲んだせいか、美弥は夕食を済ませるとぐっすり寝ついてしまった。

一人寝室に残された恭平。今夜は、なかなか眠れない。

そしてどこか心落ち着かなかった。風呂に入っても、その女の事を思い出す・・・

「会えないかな・・・まさかな。」美弥を寝顔を確認すると、恭平は部屋を抜け出していた。

宿の廊下を必要もなく歩く。1階から2階へ・・・そんなことを繰り返す。

その頃、角部屋の部屋からその声は聞こえた・・・

「どうも・・・」客室から出てきた一人の女性。偶然とも言える女の姿に恭平は目を疑った。
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