ファインダーの向こう
「あ……」


 俯く顔を覗き込まれた刹那、唇に温かな感触がして沙樹は目を見開いた。


(え……?)


 覚えのあるその感触が、全身を硬直させる。そして口づけられながら上を向かされると、うっすら察し込んだネオンの光に照らされて逢坂の長いまつ毛が揺れていた。


 短いようで長い、長いようで短いキスだった。瞬きもできずに放心したままでいると、ふっと逢坂の身体が離れていった。


「何があっても、お前を危険な目には遭わせない」


 それはまるでそのことを誓うかのような口づけだった。真っ直ぐに見下ろす逢坂の瞳を、今はただ信じるしかなかった。


「今は何も聞かないで俺を信じてくれ」


 そして沙樹はその切なげな声音に黙ってゆっくりと頷いた。


(逢坂さんずるい、ずるいよ……信じてくれだなんて)


「わかりました」


 微かに残る口づけの熱を唇に感じながら、沙樹は逢坂に背を向けて地下へ消えていった。そんな姿を逢坂は見守るようにじっと見つめていた。


 すると―――。


「へぇ……逢坂さんに、そんな色仕掛けのテクニックがあるなんて、初めて知りました」


 その冷淡にも聞こえる声に、逢坂は横目を向けた。


「森本……」


「先程はお忙しいところ、お電話で失礼しました」


 どころからともなく現れたのは、逢坂と同じくらい長身の男だった。パリッと着こなしたスーツ姿で、シルバーフレームの眼鏡が神経質さを浮き彫りにしている。
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