ファインダーの向こう
 いつの間にか雪は止み、地面はうっすらと積もっていた。渡瀬龍馬を乗せた車が走り去ると、マスコミの姿もまばらになっていた。


「逢坂さん、さっきお父さんを呼び止めたのは……ただ、最後にそういうふうに呼んであげたかったからですよね?」


「は? 何言ってんだ……最後にひとこと文句言ってやろうかと思ったけど、やめてやっただけだ」


「ふふ……そういうことにしておきます」


 沙樹は逢坂が時折見せる子供っぽい一面が好きだった。笑いを堪えていると、逢坂はぷいっとそっぽを向いて、今にも太陽が昇りそうな水平線を見ていた。


「もうすぐで夜が明けるな」


「……なんだか長い夜でしたね」


 逢坂が視線を向けている方向へ沙樹も向き直ると、ちょうど朝日が輝きながら顔を出したところだった。


「……綺麗」


 一気に光の領域が夜空に広がり闇を呑みこんでいく。そして降り積もった雪はまるでガラス細工のように煌めいて、その眩しさに沙樹は目を細めた。



 その時―――。


「この景色って……」


 昇りゆく朝日と水平線の景色が、沙樹の記憶にある写真と重なると、その光景に釘付けになった。


「気がついたか? お前の親父の遺作“埠頭の朝焼け”の景色は……この場所だ」


 沙樹は父親の見た景色を、実際にこの目で見たのだと思うだけで目頭が熱くなった。


(そっか、お父さんもこの場所に来たことがあるんだね……)


 沙樹は濡れた瞳を瞬くと、湿った目尻をそっと拭って逢坂に微笑んで見せた。


「沙樹……」


 真実は必ず暴かれるべきだと、逢坂は今まで自分の信条に従ってきた。けれど、沙樹の父親が十年前、命絶たれる直前に全く同じ場所に立って、この朝焼けを見ていたという真実を知り、あの美しい遺作を見ながら沙樹が涙を流すくらいなら、鍵をかけて自分の胸の中にしまっておこうと逢坂は固く誓った。
< 165 / 176 >

この作品をシェア

pagetop