ファインダーの向こう
「透……それに、倉野さん、あなたにも……言葉では言い尽くせないくらい迷惑をかけてしまった」


 森本が去ったあと、次に逢坂に声をかけてきたのは渡瀬龍馬だった。


「なんだ、まだいたのか……」


 逢坂は冷たく言い放ちつつも、ちらりと横目で視線を向ける。数十年ぶりに再会した父親は、どことなく小さく感じた。


「すまない、許してくれ……なんて言うなよ?」


「透……」


 妾の息子だというだけで、正式に自分の存在を認めてもらえずにずっと長年闇の中を彷徨っていた。簡単に謝られて一瞬で罪から解放されると思うと、逢坂は大人げないと思いつつも癪に触ってしまうのだった。


「これからどうするんだ……?」


 話題を変えるように逢坂が言うと、渡瀬龍馬は力なく笑った。


「これからのことは、これから考えるさ……」


 黒光りしている高級車の後部座席のドアを、専属秘書の男が慣れた手つきで開けて中へ促すと、乗り込もうとした父親に逢坂が向き直った。


「親父、あのさ……。やっぱりなんでもない」


「……と、とお……る」


 さっと視線を逸らす逢坂を見て渡瀬龍馬はうっすらと笑ってみせたが、今にも泣き出しそうに顔をくしゃりと歪めた。


 沙樹は逢坂と渡瀬龍馬のやり取りを、ずっと黙って見ていた。初めて見る逢坂の穏やかな表情に、沙樹はようやく逢坂が自由になれたのだと確信した。
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