ファインダーの向こう
「あ、沙樹ちゃーん! 思ったより早かったね、待ってたよ」


「おはようございます」


「peep」編集部に着くと、編集長の波多野がにこにこ顔で沙樹を出迎えた。編集部を見渡すと、入稿日の翌日のためか、抜け殻のようになっている人や、ところ構わず鼾をかいて寝ている人が目に入った。雑誌は発売日が決まってるので〆切が動かせない。二十四時間編集部の灯りは点いていて、誰かしら社員がいる状態だった。


「お疲れ様です。編集長、元気ですね」


 波多野はバツイチの四十歳だったか、入稿明けだろうとあまり疲れた顔を見たことがない。常に情報を追ってアンテナを張り巡らせているのは一種の職業病だろう。


「ごめんねー、今日は出勤日じゃなかったよね? でも、僕は毎日でも沙樹ちゃんの顔をみていからさ」


 波多野の軽口は時に疲れを煽る。そして、時に気が楽になることもある。どんなことが起ころうとも動揺しない、そんな波多野の鷹揚な性格が沙樹は嫌いではなかった。


「頼みたい記事があるって、今朝の電話で言ってましたよね?」


「あー、うん……でも、あれはいいや、別の奴に回すから」


「え……?」


 沙樹がここに来た目的は、記事の依頼を受け取るためだったが、あっさり予定を変更されてしまい言葉が出なくなった。


「沙樹ちゃんには是非追ってもらいたい仕事があるんだよね。君にお願いしたいのは―――」


 波多野がニヤリと笑って、沙樹を見る。その視線に、どんな思惑があるのかと思うと沙樹はごくりと喉がなった。


「神山ルミと里浦隆治の決定的な浮気現場……だよ」


「え?」
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