雨の日は、先生と
外に出ると、いまだに止まない雨が降りしきっていた。


先生と一つの傘に入りながら、歩いた。

先生は、何も言わない。

私も、何も言えない。


でも先生は、車を停めてある方向とは反対側に、ずんずん歩いていく。


私も、黙って付いていくしかなかった。




随分歩いたところで、先生は急に立ち止まった。




そこは、視界が開けていて、どこよりもきれいに夜景が見える場所だった。




夜景に目を奪われていた私の左肩に、温かいものが乗る。

そして、そのまま右側に引き寄せられる。


雨に濡れた先生の冷たい胸に、私の頬が触れた。




「笹森さん。」



「はい。」



「私は……」




先生の声が震えていた。

今までに見たことのないほど、取り乱した表情をして。



「先生?」



「私は、情けない男です。」



「そんな、」



「ここからは、晴れた日には満天の星空が見えるんです。」



先生は、傘をずらして空を見上げた。
私も同じように見上げる。

目に雨が、刺さるように入ってくる。
先生の言いたいことが、何となくわかるような気がした。



「だけど、私は、」



先生が声を詰まらせていた。
私は、大人の男の人がこんなふうに泣くのを、初めて見た。



「私は、君に、」



先生が、傘をするりと落とした。
そして、私の方に向き直って。

両腕で、強く強く抱きしめたんだ―――



「君に、星空を見せてやることさえできない。」



先生は、悔しそうにそう言った。

雨の日にしか会えない私たち。
だから、青空も、星空だって、私たちは見上げることが許されなくて。



「すまない。」



謝らないで、先生。

雨にぬれても、寒くても、先生がいればそれでいい。
会えないより、会えたほうがいい。
太陽の下で、あなたと向き合えなくても、そんな後ろ暗い恋でも、構わない。


だけど、先生の言葉に、空しさと悲しみと、その他無形の思いが込み上げてきて。


雨に濡れながら、先生と私は泣いた。

どこまでが雨で、どこからが涙か分からなくなるくらい。


どこまでが先生で、どこからが私か分からなくなるくらい、強く抱き合いながら―――
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