雨の日は、先生と
家に帰ると、居間に明かりが灯っていた。
ただそれだけのこと。
それだけのことだけれど、私にとっては特別なこと。


「ただいま。」

「おかえり。」


答えてくれる人がいる。
私にだって、いる。


「寒かっただろ、ほら、早くこっちにおいで。」

「うん。」


温められた部屋。
ポットのお湯。

すべてが特別で、キラキラしている。


「マエゾノさん、今日も来てくれたんだね。」

「唯ちゃんのことが心配だから。」

「心配しなくても大丈夫だよ。」


どうしても強がりの言葉ばかり発してしまう。
だけど、本当は嬉しいんだ。
真っ暗な部屋ではなくて、あったかい部屋に帰ることができて。


「そう言われても、心配しちゃうんだな。おじさんは。」


まるでお父さんみたいで、天野先生みたいに優しいマエゾノさん。
ずっといてくれたらいいのに。
どうしてもそう思ってしまう。

喉から手が出るほど、ほしいよ。
幸せが、ほしいよ。

天野先生との未来を想像するよりも、少しだけ簡単なマエゾノさんとの未来。


「だけど、」

「ん?」

「マエゾノさんは……。」

「うん。」


言いたいことを言葉にしてしまったら、もう二度とマエゾノさんは来てくれない。
そんな気がして。

私は、力なく首を振った。



「ごはん、食べる?」


「……うん。」



頷くと、マエゾノさんは安心したように笑った。

その笑い方は、どこか諦めたような、天野先生の笑い方に似ていた。


結局、私には幸せなんてないんだろう。
大切なものは、決して私のものにはならないんだ。



「おいしい?」


「うん。おいしい。」



そして、こうして笑うしかなくて―――
< 73 / 119 >

この作品をシェア

pagetop