小指も抱けない彼女

「無理、だよ……。何万回言ったところで、私はきっと、夜鞠くんを満足させられない。ーー何万回言ったところで、私の気持ちが伝わるわけもないよ」

冷水を浴びせられた気分に陥る。
え、と口に出す前ーー彼女は、走り出した。

「ーー」

今もなお、稼働する掘削機に均しい死のもとへ。

「聖っ!」

考える前に、体が動く。
いくら先に駆け出した聖でも、彼女の十歩は俺の一歩にも満たない。

彼女の前にあるギュギュを蹴り飛ばす。

我ながら安直だ。壁に打ち付けられ、停止したギュギュを見て、惨めな思いとなる。

「夜鞠くんっ」

寄り添う彼女。労りではない、俺とて、そんな気持ちにはならなかった。

「何てことをするんだ!」
「何てことをしてるの!」

馬鹿な真似をした者への叱咤。
ものの見事に重なった声で、間が出来る。

どちらも馬鹿な真似をしたが、どちらが大馬鹿かは言うまでもない。

彼女にこんなことをさせ、危険な行為をさせたのは、俺のせいだ。

頭が冷える。
単なるブラフとして、あんなことをしたのに。


「心臓、止まった」

呼吸さえもやっと出来た気分になり、生きている証である痛みが足先から頭を焦がす。

「いっ」

「夜鞠くん、血っ血っ」

「触らない方がいいよ、汚いから」

彼女に手を伸ばす。乗ってもらえたことに安堵しつつ、右足を引きずり、ソファーに座った。

彼女をテーブルの上に置き、患部の具合を確認する。

「つぅ」

失敗した。配慮なしに靴下を脱げば、親指の爪が剥がれた。

どうやら、あの一蹴りで爪が割れたらしい。割れた先が靴下に引っかかり、脱いだ瞬間にベリッと剥けた。

五万の値段は伊達ではないようだ。

「やまっ、ひくっ!うぅーっ」

「痛くないから、大丈夫だよ」

「うそ、つきー。バカーっ」

真っ赤な目で言われた悪態。
彼女がウサギならば、確実に耳が垂れているに違いない。



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