【完】そろり、そろり、恋、そろり
「今日さ、俺の担当してた患者さんが……亡くなったんだ」


1日の出来事を振り返る。


「亡くなることはそんなに珍しい話じゃないんだけどね、リハビリしている患者さんの中にはすごくご高齢の人だっているし。ただ、今日亡くなった人は、元気な人だったんだよね」


そう、本当に元気だった。大腿骨の頚部骨折だったけど、手術もして術後のリハビリも順調で、退院も決まって張り切ってリハビリをしている人だった。


「朝までリハビリしてさ、また午後からって笑顔でリハビリ室から病室に帰っていった。いつもならもう少し話をするのに、たまたま俺宛の内線があって雑に別れてしまったんだ。そしたら、お昼過ぎに急変したらしくて、そのまま亡くなった」


急変は俺にはどうにも出来ないことだけど、なんであんな風に雑な別れをしてしまったんだろう、と後悔ばかり。


それに、


「ついさっきまで笑っていた人がいなくなる。久々に堪えた。人の命は儚いものだって知っていたはずなのに、忘れかけていた。絶対に忘れちゃいけないことなのに……」


それだけじゃない。その患者さんの家族から掛けられた本当は優しいはずの言葉も、俺の胸に突き刺さった。


「亡くなった患者さんの娘さんから言われたんだよね、ありがとうって。リハビリが毎日の楽しみだって、入院も悪いもんじゃないって、ご家族にも楽しそうに笑って話していたって聞かされた。結局、俺はなにも出来なかったのに。高齢の患者さんを苦しめただけで終わったんじゃないかって。本当に何も出来なかったのに……」


何もかもが、今までの仕事に対する誇りとか、自分自身の存在に疑問を投げかけてきた。


ただ、そんな感情を職場で誰かに漏らすわけにもいかなくて、どうしようもない虚無感に襲われていた。そんな時、静かに俺の話しに耳を傾けてくれている彼女が浮かんだ。


そして、無性に会いたくなった。伝えなくては後悔する想いに気付いた。
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