【完】そろり、そろり、恋、そろり
何か言葉を貰ったわけではない。けれど、言葉に出しただけでこんなにも気持ちが落ち着くのかと初めて知った。


「麻里さん……」


急に呼ばれたことに驚いたのか、小さく肩を震わせた後に、俯いていた顔をあげて正面から俺と見つめあった。


「俺さ、今在るものが当たり前って思っちゃいけない事に気付かされたんだよ。今まで笑って目の前にいた人が、居なくなる。それは誰にでも起こりえる事だって気がついた。俺は、麻里さんが今目の前から居なくなることが1番恐い。ちゃんと伝えなかったら、絶対に後悔する自信がある」


「……拓斗君?」


伝えるから、ちゃんと聞いていてほしい。


「これから先も俺の隣に居て欲しい。今みたいに格好悪いところばかり見せてしまうかもしれないけれど、今と変わらず隣にいて欲しい。そして、ずっと笑っていて欲しいんだ。そしたら俺頑張れるから。麻里さんに笑っていてもらうために頑張るからさ」


目の前に居てくれる事を当たり前だと思っていてはいけない。ずっと居てくれるのを当たり前だと思ってはいけない。だから“今”を大事にしたい。


“今”俺が失いたくないものは麻里さんだから。失って後悔しても遅いから。求めたときにはもう……なんてことにはしたくない。


真っ直ぐに目を見つめて彼女に想いを告げる。目の前の彼女は一度大きく目を見開き、そして目からは涙が零れてきた。


「それって……」


泣いて声を震わせながら、彼女が口を開く。けれど、俺が言葉を重ねて邪魔をした。ここから先も、俺から伝えたい。頬を伝う涙を、綺麗だなと思いながら、指の腹で拭っていく。


「……俺と結婚してください。ずっとずっと一緒にいるなんて気軽に約束は出来ないけど、俺に時間が許されている限り、麻里さんの傍で生きていきたいんだ」


俺の言葉を聞いた途端に、涙は止まることを知らないかの様にどんどんと溢れてくる。なんて可愛いんだろうと、溢れてくる涙に口を寄せ、そっと掬った。
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