【完】そろり、そろり、恋、そろり

変わる日常 side:T

俺の腕の中で、震える彼女の頭を撫でながら、今更後悔の念が生まれてくる。受けとめてくれる麻里さんに、また甘えてしまった。一方的にぶつけてしまった。


それに、彼女の前で泣いてしまった。今日1日、泣きたい気持ちはあったけど、必死に堪えて、誰の前でも泣かなかったのに。


ふと今日の出来事が脳裏に過ぎり、彼女がちゃんと傍にいることを確かめたくて、感じていたくて、抱きしめる腕に力を込めた。


患者さんの対応をしている間は、大丈夫だったのに。感情を押さえ込めていたのに。事務仕事を始めた途端に、急になんとも言えない不安に襲われた。それからは頭の中に浮かぶのは、俺の大事な人、麻里さんの顔だった。


「ごめんね、麻里さん。驚かせて……」


ちゃんと説明しなくてはと思い、今日初めてまともに話掛けた。


「……恐かった、拓斗君が今にも消えちゃいそうな顔をしていて……何かあったの?」


彼女は首を横に振ったあとに、震える小さな声でそう言った。


やってしまったと、本当に後悔した。彼女にはこんな顔をさせたかったわけではない。ごめん、もう一度そう呟いて、ぽつぽつと話を始めた。


彼女に話をすることで自分が楽になろうとしていることは分かっている。けれど、誰かに言わなければ自分が潰れてしまいそうで、こんな気持ちでさえも聞いて欲しいのは彼女だけだから。
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