【完】そろり、そろり、恋、そろり
「……」


俺としてはすごく勇気のいる言葉だったから、少しの無言も不安になる。





「俺は高給取りでも何でもないから、正直裕福な生活を送らせてはあげられないと思う。麻里さんに苦労を掛けるかもしれない。けど、麻里さんが喜んでくれるなら、家事でもなんでもするよ?仕事も残業はほとんどなくて勤務時間きっちりしているし、もし子どもが出来ても充分頼ってもらえるから。どう?わりと優良物件だと思うけど。返事もらえる?」


なかなか応えてくれない麻里さんに、じっと待っていられなくなって、おどけながら返事を催促する。余計な事までぺらぺらと喋ってしまった気がするけれど、無言の間に堪えられなかったから仕方ない。





「……拓斗君、私と結婚してください」


涙でぐちゃぐちゃになった顔で、とびきりの笑顔をくれた。今日いち、いや今までで1番魅力的な笑顔をくれた。


「拓斗君は格好悪くないよ。今日だって、仕事に、患者さんに寄り添って、まっすぐに向き合っている証拠でしょ?そんな拓斗君は格好いいと思うよ。弱いところも全部私にみせて。拓斗君が辛いとき、私にぶつけてよ。話を聞くことしか出来ないけど、受け止めてあげることくらいは出来るから」


どうして彼女はこうも俺が欲しい言葉をくれるんだろう。これから先の未来に光をくれただけじゃなくて、どんよりと曇っていた心までも明るく照らしてくれた。


やっぱり俺には麻里さんが必要だ。麻里さんにも俺が必要であって欲しい。


「……ありがとう、これからもよろしく」


本日二度目の涙を彼女の前で流してしまった。


今度は、辛くて耐え切れなくなって流れた涙ではなくて、嬉しさからこみ上げてくる涙。心が洗われていくような涙。
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