【完】そろり、そろり、恋、そろり
ビールをカゴに入れると彼女はそそくさとその場を去っていった。ここで見失ったらもう会えない気がする。俺は焦って彼女を追いかけることにした。


……俺もビールとお茶買わなきゃだよな。自分の目的を危うく忘れるところだった。冷蔵棚の扉を開けて、まずは無難に緑茶とコーヒーを手に取り、カゴに入れた。続けて隣の棚から、俺用のビールを手に取った。つまみは……選んでいる暇はない。そんな事をしていたら、彼女を見失ってしまう。


飲み物をカゴの中に入れてしまうと、キョロキョロと辺りを見回して彼女を探した。もしかしてもう帰ったかもと気持ちばかりが焦ってしまう。


けれど、意外とすぐ近くにいてくれた。彼女はただデザート売り場に移動しただけらしい。そういえば俺もお茶菓子が必要だったし、あそこへ行こう。


彼女に聞こえないように、大きく息を吸って深呼吸した。よし、と1人心の中で呟くと、彼女の側へとゆっくりと歩みを進めた。すぐ隣に並んだものの、彼女はまだ俺の存在に気づかない。俺なんて、こんなにもドキドキと鼓動が速くなっているというのに。


動揺している自分を必死に隠して平常心を装ったまま、なかなか気づいてくれない彼女に声を掛ける事にした。確かに目の前の美味しそうなスイーツには敵わないかもしれないけど、俺の事を見て欲しい。……そんな馬鹿な考えが頭に浮かんで、慌てて掻き消した。





「……あれ?こんばんは」


平常心、平常心と意識したのに、少し声が震えてしまった。緊張がバレなければいいけど。急に俺が声を掛けたからか、彼女は肩をビクリとさせた。そして、ゆっくりと右側にいる俺の方を向いてくれた。


……やっと、俺を見てくれた。こんな事に喜ぶなんて、このままいけばストーカーにでもなりそうだと、自分の感情に少しゾッとした。


俺の顔を見た後に、しばらく彼女は完全に停止してしまっている。やっぱり、俺のことなんて認識もしてくれていなかったんだろうか。池田、香坂といると俺の扱いなんてこんなものだ。なぜだかあいつらの方がモテるし、女性受けがいい。今回も、俺の事は見てくれていなかったってパターンかな。
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