【完】そろり、そろり、恋、そろり
少しだけ……いや、随分と、俺は強引な手に出る事にした。キョトンとしている彼女から強引にカゴを奪うと、今度は驚いたように目を丸くさせ動揺している。忙しく変化する表情に、くつくつと声を出して笑ってしまった。


「本当にありがたかったから。こんな事しかできないけど、お礼させてください」


感じの悪い行動かもしれないけれど、どんな印象でもいいから、まずは俺の事を知ってほしいという気持ちが強かった。


俺の言動の意味を理解したらしく、困った顔をしながら彼女はカゴを奪い返そうとしている。


「いや、いや、そんな訳にはいきませんから」


そんな事を言いながら、グッとカゴを引き寄せる腕に力を入れている。奪い返されるわけにはいかないから、俺も負けじとぎゅっと手に力を入れる。


「……嬉しかったんですよ。個室に案内してくれたお陰で、誰にも邪魔されずに大事な話もすることが出来ましたし。嫌々でもいいので、俺の気が済むようにさせてもらえないですか?お願いします」


真剣に、ゆっくりとした口調でそう伝えると、困った顔をしながらも、彼女は手に入っている力を抜き、カゴから手を離してくれた。これは了承と捕らえてもいいんだろうか。


「分かりました。そこまで言われたら、断れないですから。お言葉に甘えさせてもらいます」


「ありがとうございます」


良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。彼女は相変わらず困った顔のままだった。けれど、そんな彼女の雰囲気には気づかないふりをした。
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