【完】そろり、そろり、恋、そろり
「ありがとうございましたー」


入店したときと同じように、間延びしたやる気のない店員の声に見送られた。少し特殊だけど、俺の仕事も接客業に分類されるからか、どうしてもこういう店員の態度が気になってしまう。


きっとバイト生なんだろうな“責任”という言葉はきっと彼の中では皆無なのだろう。


……みたいに、違うことを考えていないとドキドキとして、俺の心臓がもちそうにない。たって、彼女も俺に続いてコンビニから出てきて、そして俺の隣に並んでいる。緊張するなというのは無理な話だ。


「どうもありがとうございました。えっと……」


立ち止まり、俺の顔を見上げて彼女はお礼の言葉をくれた。けれど何か言おうとして、すぐに口を噤んでしまう。んーと何かに悩んだ後、数度口をパクパクとさせ、また口を開いた。


「お名前聞いてもいいですか?」


「……」


……え?名前聞かれたよな、今。嬉しいけれど、俺にとってはまさかの質問で、すぐには反応できなかった。


「あの……嫌でしたら大丈夫ですよ。お礼言うにも、名前を呼べなかったから」


何も答えない俺に、勘違いをしたのか彼女は傷ついた顔をしている。


「俺……拓斗です、大山拓斗。ちなみに26歳です」


せっかく彼女と近づけるチャンスをこのままでは逃してしまうと、焦って名前を名乗った。聞かれてもいない、余計な情報までちゃっかり追加して。そんな俺の必死な様子が可笑しかったんだろう。彼女はハハハと声を出して笑っている。


「じゃあ、拓斗君だね。私は瀧本麻里です。そっか、年下かー、年下におごってもらっちゃたんだね」


あーあと言いながらも、今日見た中で1番楽しそうに笑っている。つられて俺も笑ってしまった。


「……えっと、年上なんですね」


「年上と言っても1つか、2つかな。同世代だよ、同世代」


俺が年下と分かったからか、先程までの畏まった感じではなくて、少しフランクな感じになった。


そんな彼女の反応が嬉しい反面、名前を知っても使う機会が今後あるか分からない辺りが悲しいけれど。だから彼女も気軽に名前を教えてくれただけかもしれないと思う寂しい。
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