【完】そろり、そろり、恋、そろり
第2章.光ヶ峰ハイツ A棟

202号室 side:M

こんな偶然もあるんだなってしみじみと感心した。ただただ飲みたくて、ふらりと出かけたコンビニで彼……拓斗君に出会うなんて。


今日の仕事での疲れの原因を彼らのせいにしていたけど、彼と少し話をしてみて後悔した。だって、どう考えても彼らは巻き込まれただけで、アルコールも出している飲食店でならあれ位珍しい事ではないのに。これじゃあ完全な八つ当たりだ。


コンビニで再会した彼は、さっきはありがとうとお礼をくれた。そんな事気にして、更に声を掛けてくれる辺り意外と律儀だなって驚いた。それに、少し強引な行動に出たかと思うと、おどおどとそこで足踏み。その姿がなんだか可笑しくて、可愛いなという感情を覚えた。


自分から名前を聞いてしまったのは……なんでだったんだろう。自分でも分からない。けれど、少し彼に興味を持ったことは間違いない。でも、今日は偶然出会っただけで、また出会う可能性はかなり低いと思う。


そんな考えが頭に浮かんだと同時に、チクリと胸の奥が痛んだ気がした。けれど、深入りしてはいけないと、違和感を無視することにした。






「……同じ方向なんですね」


とぼとぼとゆっくり歩く私のスピードに合わせるように、彼もゆっくりと隣を歩いてくれている。「じゃあね」とコンビニを出てそこでお別れなのかと思っていたけれど、歩き出す方向は同じで、2人で声を揃えて笑ってしまった。


「そうみたい。こっちの方にアパート集中してるからね」


「途中まで一緒に帰りますよ。こんな夜道の1人歩きは危険ですから」


歯の浮いたような台詞をさらりと言う彼。それが似合うからすごいよなと、改めて彼の容姿を確認した。少し軽そうだけど、顔が整っているのはもちろんのこと、髪形も服装も清潔感があっていかにも“いい男”。そんな人と並んで歩くなんて、こんな機会は滅多にないよね。せっかくだから甘えてしまおうか。


「じゃあ、途中……あっ」


私の言葉は彼の行動によって途中で遮られてしまった。スッと買い物袋を私の手から奪い取った。反論する暇も、抵抗する暇も与えられなかった。


「ついでですから、貸してください」


彼はニッコリと笑うと、一瞬止めた足をまた進め始めてしまい、私も慌てて彼に続いた。


「……」

「……」


そこからは2人とも無言だった。といっても、コンビニから家までだから、そんなに長い距離ではないけど。無言でも気まずい感じがしないのが不思議なくらいだった。
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