【完】そろり、そろり、恋、そろり

202号室、心の変化 side:M




……何かがおかしい。目の前にある、ここ最近で随分と見慣れた顔にこんな事を思った。


「こんにちは、今からお仕事ですか?」


2週間ほど前に、隣の住人である拓斗君と初めて出会った。つい先日までは赤の他人だったのに、今では顔を合わせたら挨拶したり、時間があれば会話をしたりする程度の仲。けれど、爽やかな笑顔さえも胡散臭く感じてしまう。


だって疑問に思って当然でしょう?2年間隣に住んでいながらも一度も顔を合わせる事はなかったのに、どうして急に頻繁に会うようになったのか。


もう会うことないんだろうな、とか考えて1人寂しくなっていたのに。あの感情を取り消したいくらいだ。まぁ正直言うと嬉しい変化だから、構わないのは構わないけど。


「うん、今から出勤。拓斗君は?」


「俺は半休です。さっきまで仕事してきました」


彼の質問にとりあえず答えていく。今日は玄関でばったり出くわした。私は家を出たところで、拓斗君は家に帰るところらしい。


「お疲れ様」


「麻里さんは今から頑張ってくださいね。それじゃあ」


あっさりとした会話をして、彼は玄関の扉を開けて中へと入っていった。そういえば彼が何の仕事をしているのか私は知らない。ただのお隣さんだから知らなくても当然だろうけど、今度聞いてみてもいいかな。


彼は偶然とはいえ私の仕事を知っているし、きっと彼は嫌な顔はしないと思う。最近話すようになってそんな風に感じた。


もっと彼のことを知りたいな、そんな事を考えながら、たった今彼が昇ってきた階段を私は降りていく。





車に乗り込みバックミラーに映る自分の顔をみて驚いた。やばいな、いつからこんな緩みきっただらしのない顔をしていたんだろうか。鏡を見つめて慌てて表情を引き締め直した。


さぁ、頭切り替えなくては。私は今から仕事なんだから、お客様にこんな顔を見せるわけにはいかない。





……拓斗君と会って元気をもらったし、今日は頑張れそうな気がする。


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