【完】そろり、そろり、恋、そろり
シャワー浴を終えて、身体がぽかぽかと温まったのと同時に、ズキズキとリズムを刻みように痛みが現れて、入浴前よりも明らかに痛みが強くなっている。拓斗君はこの事を言っていたんだと思う。


……危ない、危ない。お風呂上りに冷蔵庫を開けて、つい良く冷えているビールに手を伸ばそうとしていた。無意識って恐い。寸前で気付いて、隣にあったお茶を飲む事にした。


怪我をして数時間経過しても痛みが残るなんて、初めての経験。骨折もなかったからすぐに痛みも引いてくれるだろうと思っていた。仕事だってすぐに復帰できると簡単に考えていたけれど、自信がなくなってきた。


ちょっとした油断が仕事でも迷惑をかけ、お隣さんである拓斗君にまで迷惑を被ってしまっている。一日でも早く治さなくては。


だから、望ましくない行動は控えて、治療に繋がることは些細な事でも実行しよう。うん、そうしよう。


そんな事を考えながら、右手に松葉杖を、左手に氷を待ち、ソファへと腰掛けた。拓斗君のマネをしてビリビリと紙コップを破いていくと、少し空気が入ったような氷が姿を現した。


右太ももの上に左足を乗せると左の足首が良く見える。これで、冷やしやすくなった。


えっと……ここから拓斗君はどうしていたかな。動揺していたせいか、大事な所の記憶が曖昧だ。


『回す』とか言っていた気がする。


こうだったかなと、右手に氷を掴みくるくると痛みがある部分に宛てていく。あー、ひんやりとして、すごく気持ちがいい。


「良くなれー、良くなれー」


部屋に1人なのをいい事に、少しはマシになるんじゃないかと、ブツブツと呪文を唱えるように言い聞かせてみた。


今の自分の姿を客観的に見たら、すごく可笑しな光景だろうなと、自分自身で笑えてきた。


よかった。さっきまであれだけ沈みきっていた気持ちも、少しだけ浮上してきた。


明日も拓斗君と約束があるし、今日はもう寝よう。足に触れると随分と冷えていた。これ位でいいよね。


久しぶりに日付が変わる前に眠りに就くことにして、余った氷は紙コップから外して流しへと捨てた。


それにしても今日は濃くて長い1日だった。


疲れていたんだろう。布団に入ると同時に睡魔が襲ってくる。


寝ようと思っていた私は、誘われるがままに夢の世界へと旅立っていく。
< 46 / 119 >

この作品をシェア

pagetop