【完】そろり、そろり、恋、そろり
「……私、恐いの。やり直しが効かない年齢になってきて、臆病になってきた。いつか別れが来るんじゃないかって思うと、前へ進めないの。今のままでいいじゃんって考えてしまうの。甘えだって分かってはいるけれど……」


自分勝手な話で、拓斗君の気持ちをおざなりに扱ってしまっている事は分かってる。分かっていても恐くて前へ進めない。拓斗君との別れが訪れるかもしれないって思うと。これ以上に距離を縮めるわけにはいかない。


「……別れ?そんなのいつかは必ず訪れますよ」


当たり前に彼の口からでた“別れ”の言葉に思考がストップした。否定してくれると思っていたのに。


「出会いは別れの初めなり、って言葉を知ってますか?」


拓斗君の問いかけに、私はふるふると首を横に振った。……初めて聞いた言葉。


「……俺もその通りだと思うんですよ。出会えば必ず別れがきます。近いうちに別れがくるかもしれないし、ずっと先の話かもしれません。自分たちで決断して別れるかもしれないし、死別かもしれないし、理由も時期も今は分からないけど、絶対に別れる日は訪れます。だって、俺たち出会っちゃったんですから」


……そっか、そうだよね。もう出会ってしまったんだよね、私たちは。2人に別れが訪れることは確定しているのに、それに怯えるなんてバカバカしいのかもしれない。


気付けば、頬を暖かいものが伝っていた。……どうしよう、涙が止まんない。


どんどんと溢れてくる涙に、自分で戸惑ってしまう。


「泣かないで下さいよ。友達だったらこうやってあなたに触れることも出来ない」


拓斗君は手を私の方に伸ばし、溢れる涙を指の腹で拭ってくれた。


「本当は泣いてる麻里さんを抱きしめたいくらいなんですけど……今の俺にはそんなことする権利はないから」


辛そうに顔を歪めながらも、拓斗君は私の涙を拭う手を止めようとはしなかった。


私はこんなにも暖かい気持ちを貰っているというのに、彼には何も返せていない。それなのに、こんな表情までさせて。


素直になるなら、今ここしかない。私の頬に触れる彼の手に、そっと私の掌を添えた。





「……拓斗君、私も好きだよ。私なんかでよかったら、彼女にして下さい」





< 63 / 119 >

この作品をシェア

pagetop