【完】そろり、そろり、恋、そろり

初めての夜 side:T

しっかりと目を合わせたかと思ったら、キョロキョロと視線を彷徨わせながら、麻里さんは俺が言いたくても言えなかった言葉をくれた。


麻里さんは気軽にこんな事を言える人じゃないから、きっと彼女は俺と違って勇気を出して言ってくれたんだろう。恥ずかしそうに俯きがちな彼女が、無性に愛おしく感じた。


……今度は俺の番。


「俺ももっと一緒に居たいです。あがって行きませんか?……というか、今日はずっと一緒に過ごしたいです」


少しだけ濁してしまったけれど、伝えられたと思う。


じっと麻里さんを見つめていると、柔らかく微笑んでうんと頷いてくれた。





そのままの体勢で少し話をして、麻里さんがウチに泊まってくれることになった。少し準備をしてくると、彼女は隣の自分の部屋へと一旦帰っていった。


急に泊まるとなっても、女性が過ごせるようなものが俺の所には皆無だ。普通なら買いに行ったり、彼氏のものを身に付けたりとするんだろうけれど、何しろ彼女の家はすぐ隣。一度帰るのが当然だろう。


閉まるドアと、そこに消える彼女の後ろ姿を静かに一度見送った。


ただ、1人になったことで、今の状況を冷静に振り返ることが出来た。玄関の前で、外で何をやっているんだとすごく可笑しく思い、クスリと声を漏らして笑ってしまった。


「……俺も準備しよう」


小さな声で呟きながら、自宅へと繋がるドアへと手を伸ばした。


きっと彼女の準備には少し時間がかかるだろう。今から少し片づけをして、焦り気味な俺の気持ちを落ち着かせるためにもコーヒーでも淹れよう。


何かをしていれば、彼女を待つ時間の緊張感もきっと紛れるだろう。見慣れた部屋へと足を進めながら、考えを巡らせた。
< 75 / 119 >

この作品をシェア

pagetop