【完】そろり、そろり、恋、そろり
――ピンポーン


バタバタと片づけをして、コーヒーを準備しているとチャイムが鳴った。もちろん麻里さんしかいない。思っていたよりも、早い到着だった。


ろくに確認もしないで、待たせては悪いと急いで扉を開けた。


「お待たせ」


小さなトートバックを抱えた、麻里さんが居た。


「奥のソファに座っていて下さい、今コーヒー淹れていたので」


部屋の中へと促すように彼女に告げた。今日はまだまだ長い、だから焦る必要はない。ゆっくりと彼女との時間を楽しもう。


彼女がソファへと腰を降ろした事を確認してから、キッチンへと移動した。中断してしまっていたコーヒーを淹れるという作業を再開した。


コーヒーを色違いのマグカップに注いでいく。麻里さんがここに来るようになって、初めてこのペアのカップが役にたつようになった。


同僚の香坂・池田から誕生日にって随分昔に貰ったものだ。あいつらは俺には一緒に使う相手がいないことを知った上で、贈ってきたものだからたちが悪い。珍しい贈り物だと思ったら、そんな嫌がらせが含まれていた。ずっと使われることはなく、クローゼットの奥に眠っていたものを最近になって引っ張り出した。





「はい、どうぞ」


「ありがとう」


麻里さんの目の前にカップをそっと置き、俺も隣に腰を降ろす。すぐに触れられそうな距離に、少し緊張が増した気がした。最近見たテレビの話しや、さっきも頭に浮かんだ同僚の話とか、他愛もない話をしながら、のんびりとした時間を過ごした。俺の心も徐々に落ち着いてきた。
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