【完】そろり、そろり、恋、そろり

初めての朝 side:T

「お……」


俺の離れたくないという気持ちに応えるかのように、2人の間に隙間なく寄り添いながら、彼女は何かを呟いた。ごにょごにょと口は動いているものの、ほとんど聞き取る事が出来ない言葉だった。


きっと、おやすみ、と言いたかったんだろう。なんとなくそんな口の動きだった気がした。今、彼女から聞こえるのは、スースーという寝息だけ。


俺に心を許しきったような顔で、安心しきった顔で、いつもよりも少し幼い顔で、幸せそうに眠ってしまった。そんな彼女の顔を見つめていると、自然と俺の頬までも緩んでしまう。やっと彼女が俺のものになった気がした。


情事が終わっても、彼女の存在をずっと感じていたいという気持ちが強く在った。こんな経験は初めてかもしれない。出会いがない、出会いがないと思っていたけれど、彼女と出会うのをずっと待っていたんだって、そう確信した。


今、俺の心の大部分を麻里さんが占めていて、それがすごく心地よいことに感じている。俺はずっと麻里さんを求めていたんじゃないだろうか。彼女の隣が俺の在るべき場所で、俺の隣は彼女のあるべき場所であれば言いと強く願う。


こうやって眺めていると、お姉さんの顔の麻里さんは垣間見えない。麻里さんはたった1歳した違わない年齢差を気にしている節が普段から見え隠れしている。


俺は“たった1歳”としか捕らえていないのに、彼女は自分が“年上”だと自分に言い聞かせるように俺に接している。そんな麻里さんも嫌いじゃないけれど、やっぱり対等でいたい。


また今みたいな、気を張っていない、リラックスした彼女を見たい。


彼女の存在に、幸福感をかみ締めながら、俺も眠ることにした。朝目覚めても、彼女が隣にいる。想像しただけで嬉しくなって、ついついにやけてしまう。


「おやすみなさい」


眠ってしまっている彼女にはきっと届かないだろうけれど、そっと彼女の頭を撫でながら声をかけた。


この先もこの幸せがずっと続きますように、なんて臭いことを考えながら少しずつ襲ってくる睡魔に、身を委ねていった。
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