【完】そろり、そろり、恋、そろり





どこからともなく漂ってくる、美味しそうな香りに空腹の胃が刺激されて、徐々に意識がはっきりとしてくる。目を開けると、見慣れた天井が目に入ってきた。もう少し寝ていようか、そんな事を考えながら寝返りをうった。


……美味しそうな香り?


見慣れたこの部屋に漂う香りに違和感を覚えた。そして、寝返った先に居るはずの人物がいないことに気がついた。


「麻里さん!……って、服着ないと」


慌てて体を起こし、香りの下にいるはずの麻里さんの所へ向かおうとしたけれど、何も身に纏っていないことに気がついた。


急いで床に脱ぎ散らかしていた服を着て、今度こそ寝室を後にした。





――ガチャ


思っていた以上にドアを開ける音が部屋中に響く。ドアが完全に開いてしまう前に、隙間からこちらに向き直る麻里さんが見えた。


「おはよう、拓斗君。もうすぐ朝ごはん出来るから座ってて」


俺を見つけた麻里さんは、にっこりと笑ってそう言った。


「……おはよう」


寝起きだからか、やけに喉が渇いて、少し俺の声は掠れてしまっていた。水を飲もうかとも思ったけれど、はっきりとしない思考のまま、促されるままにとりあえず椅子に腰掛けた。


甘い朝を迎えられるかと思ったけれど、いつも通りにしゃきしゃき動く彼女に少し残念な気持ちになった。


……いや、前言撤回。俺の部屋に朝から当たり前に彼女がいてくれて、ご飯を作ってくれている姿も、なんか良い。しばらくボーっと彼女の姿を眺めていた。


同棲や結婚で一緒に暮らしたりしたら、こんな風にキッチンに立って、ご飯作ってくれるかな?なんて、妄想ばかりが広がってしまう。
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