【完】そろり、そろり、恋、そろり
今日はゆっくり過ごそうと決めて、まったりとテレビを見ながら時々2人して声を出して笑ったり、穏やかに時間が過ぎていく。


「……そういえば、どうして急に話しかた変わったの?」


「麻里さんは、敬語が良かった?」


ふと疑問に思っていたことを尋ねてみたけれど、質問で返されてしまった。


「そういう訳じゃないけど……理由があるのかなって思って」


「嫌じゃないなら、それでいいでしょ?」


そして、俺ら恋人なんだから、と笑って流されてしまった。急に敬語じゃなくなるなんて、もっと理由がありそうな気がしたけれど、彼は答えてくれそうにない。上手にはぐらかされてしまった。


気にはなるけれど、話したくないなら仕方がないか。きっと拓斗君には拓斗君なりの想いがあるんだろう。そう、自分に言い聞かせて、納得させた。


それに敬語だとどこかよそよそしい雰囲気があるのも確かだったから、これでいいのかもしれない。今の拓斗君も好きだし。頭の中に浮かんだだけの“好き”の言葉にも、大袈裟に反応して1人照れてしまった。


幸い彼に見られていなかったからいいものの、浮かれてばかりな自分を残念な人だなと思った。





高かったはずの陽も落ちて、また夜を迎える。2人の間にはゆっくりとした時間が流れて、今日という日が終わっていく。


今日は帰ろう。まだまだ一緒にいたいけれど、そう決めた。今日もここに泊まってしまったら、ずっと一緒に過ごしたくなる。それは、いけない気がした。


「拓斗君、またね」


「うん、また」


会いたいと思えばいつでも会える距離だからこそ、きちんとしなきゃいけないと思った。私が拓斗君のところに居続けて、拓斗君に依存して、そんな事にならないように、メリハリを大切に。


そうだ、今度は私が拓斗君を招待しよう。一人勝手に納得して、恋人の部屋から壁一枚に隔たれた自室へと帰宅した。
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