【完】そろり、そろり、恋、そろり
拓斗君を彼の家に送ろうかとも考えたけれど、やめた。目の前の自分の部屋に連れて行くことにした。フラフラとはしているけれど、肩を貸して誘導するとなんとか自分の足で歩いてくれた。そのまま寝室へと誘導した。


そこから私はテキパキと行動した。


洗濯して家に置いてあった服を出して、楽な格好へと着替えさせる。男の人を着替えさせるなんて初めての経験で、意外と重労働だった。そんな私の苦労なんて知らずに、起きる気配ない拓斗君は、抱きついてきたりする。


無言のままにそんな事をする彼に、今一緒にいるのが私だと本当に分かっているのかという疑問さえ浮かんでくる。……なんかムカついてきた。


私が就寝の準備を整えて寝室に戻った頃には、完全に深い眠りについてしまったらしい。私が隣にきても全く反応してくれない。


「もういいや、知らない」


とても穏やかじゃない気持ちのまま、彼に背を向けて少しだけ距離をとって眠る事にした。





――RRRRR


時計のアラームで目がさめた。隣の拓斗君まで目が覚めてしまうかもしれないと慌てて、音を止めて隣をみたけれど心配は必要ないらしい。気持ち良さそうにぐっすりと眠ったままの彼は、起きる気配がない。


それでもそっとベッドを抜け出して、出かける準備をすることにした。今日は朝から忙しいから適当に食事を済ませて、ついでに拓斗君の分も用意した。


今から着替えを済ませたら、美容室に行かなくてはいけない。だって、今日は友人の披露宴があるから。最近、周囲の結婚が続いていて、今回着ていくパーティードレスは新調したばかりのもの。


結婚は嬉しいことだけど、1人取り残されていく気がして、少し切なくなった。ダメ、ダメ、今日は祝いの席なのに、昨日から心が曇ってしまっている。


その原因の一つは……

「まだ、起きそうにないね」


寝室に眠る拓斗君の顔を覗いてみたけれど、眠ったまま。用意した食事と一緒にメモを残し、声も掛けずに出かけることにした。



  結婚式に出席してきます



メモに書き記したのはその一言だけ。もっと書き方があるだろうとか、冷たい文章だとは理解しているけれど、拓斗君に知らしめたかった。私がいつもとは違う感情を抱いたままに出かけたことを。ただ伝え損ねてしまったから、開始時間と場所だけでも分かるように、招待状も一緒に置いた。
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