【完】そろり、そろり、恋、そろり
俺の行動を一部始終見ていたんじゃないかというほど、ナイスタイミングな連絡と誘いだった。はっきりした理由は分からないけれど、山下夫婦に呼び出された。


話を聞いてもらいたいし、麻里さんも遅くなるならと2人の家へと俺が出向くことになった。こんな心情のときに、1人になるのが嫌だというのも大きな理由だけど。


1人きりだと余計な事まで考えてしまう。こういう時は大体、マイナス・マイナスの方向に。だから気を紛らわしたいという気持ちもあった。


さっさと準備を済ませて、何度がお邪魔した、山下さんの家へと向かった。


車を停めるスペースも一台分ならあるからと、すぐに車で来いという、やや強引な誘導も、はいはいと素直に頷いた。


「はああ……」


駐車場に車を停めエンジンを切ったところで漏れてしまった大きなため息。今頃麻里さんは、どこで何をしてるんだろうか。


考えれば考えるほど、気分が沈んでいく。


重い足取りのままに、ゆっくりと目的の部屋を目指した。





――ピンポーン

「…………」


自分で呼び出したくせに、なかなか返事がない。中からは、バタバタという足音と、誰かが話している声が薄っすらと聞こえているというのに。



――ピンポーン


堪らず、もう一度チャイムを鳴らした。


今度はゆっくりと扉が開いた。少し開いたところで、先程よりも中のやりとりが良く聞こえるようになった。


「ちょっと、押さないでよ……えっと、いらっしゃい?」


完全に開いた扉から顔を出した人物は予想外すぎる人だった。山下さんでも、小川でもない。驚きのあまり、目を見開いてすぐに言葉は出てこなかった。


目の前の人は、俺が1番会いたかった人。いつも以上に綺麗な姿の麻里さんが目の前に立っていた。
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