恋愛しない結婚
「会社で園田 奏って書いてある書類を長い間ずっと見てたから癖になってるんです。
輝、バーボンダブル、ロックで」
私は大きなため息をついて、持っていた鞄を椅子に置くとはっきり言った。
「結婚はしない」
それなのに、椅子に腰掛ける私の腕を掴んだ男前は。
「奏でいいから。フルネームなんて面倒だろ?」
相変わらず私の話は無視している。
そして、私の手をひき、隣の席に座らせた。
「言いたいことがあるなら、ゆっくりと聞くから」
私の顔を覗き込むと、何度もどきりとさせられた優しい瞳に気づいているのかいないのか。
私を黙らせた。
そして私はバーボンをちびちび。
普段のハイペースなんてどこへやら。
絶対に今日は酔わないと心に決めて、隣の男前……奏に隙を見せないよう、押し切られないように気持ちを引き締めていた。
「奏が私にプロポーズしたって噂が会社中に広まって大変なんだからね」
「ふうん。噂じゃなく事実って訂正した?」
「あのねー。それでなくても私って仕事しながら結婚相手探してるって思われて面倒なのに、いよいよ社外にまで手をのばしたって言われて。仕事やりづらいんだからね、もう、本当に誰のせいよ」
研修の講師として男性社員相手に話をすれば、やっぱり熱心に質問してくる人もいるわけで、真面目に詳しく教えてあげるだけで妙な噂をたてられたり、出張に連れていけばそれは誘惑だと睨まれたりすることもある。
我が社の女の子達の嫉妬や勘違いは面倒だし怖い。
仕事に集中できない辛さばかりを感じているのに。
「食堂での奏の言葉のせいで、本当に仕事やりにくい」
「なら、結婚すれば解決だろ?人妻にでもなったら周りも夢の事に関心持たなくなるし仕事もしやすい」