隣に座っていいですか?これはまた小さな別のお話
「紀之は?」
今日は黒のファーコートではなく、モスグリーンのザックリしたニットコートを着ていた。
さりげなくボタンがシャネルである。
「今出かけてます」
玄関で返事をすると「そう」って、ブーツを脱ぎ始めツカツカと中に入って行く。
遠慮という言葉を知らんのか?
杏奈さんはコートを脱ぎ
黒の質の良さそうなミニドレスを着て、深くソファに座り私を斜め見る。
「桜は?」
「お友達の家に行きました」
幼稚園から帰って来て
すぐ近所の友達の家に行ってしまった。
そろそろ5時だから
帰ってくると思うのだけど……。
杏奈さんと二人きりが嫌で
早く桜ちゃんか紀之さんに戻って来て欲しい気持ちと、帰って来たら帰って来たで、そのまま仲良く会話をされて、また私が疎外感を持ってスネてしまう気持ちが交互に私を襲う。
「コーヒーでいいですか?」
そう聞くと
「すぐ帰るから」と、言ってくれたのでホッとする。
私は杏奈さんと少し距離を置いて座り、ジッと彼女を見る。
綺麗な人だった。
いとこだから、少し紀之さんと似ているのだろうか。
杏奈さんは身体をソファに預けるけれど、くつろいだ様子はなく、私を冷たい目でにらみ冷たい声を出す。
「紀之と私は幼なじみで、私も周りも、将来は結婚すると思っていた」
心の中がザワザワする。
「でも、突然結婚して子供まで作って……かなり驚いたけど、亡くなった奥さんは完璧だった。紀之も本気で彼女を愛していたし」
それはわかっている。
わかっていて結婚した。
「今も愛してると思うけど」
笑って私を見るので
「私もそう思います」と、はっきり私が言うと杏奈さんは嫌な顔をして眉をしかめた。
売られたケンカは買う。