隣に座っていいですか?これはまた小さな別のお話

嫌な空気が流れる。
杏奈さんはソファに座り直し、艶のある黒髪をかき上げジッと私を見る。

私も目をそらさず
しっかり向かい合い、覚悟を決める。

何も恐れる事はない。
彼と桜ちゃんを信じて
堂々とすればいい。

「どうやって誘惑したの?」
間をおいてから
そんな遠慮のない言葉が、矢のように私に突き刺さる。

「誘惑なんてしてません」

「紀之と知り合ってから、長いの?」

「去年の桜の季節に出会ったので、まだ一年経ってません」

「驚いた」
綺麗な顔の人が嫌な顔をすると、邪悪に見える。

「紀之さんが、亡くなった奥さんを今でも大切に思ってるのは理解してます。でも今は、私を含めて桜ちゃんと三人で家族になろうって言ってくれました」

亡くなった奥さんを大切にしている人だから、きっと私は彼を好きになった。

「あなたは紀之の何を知ってるの?」

ふと聞かれて、言葉に詰まる。

「煙草吸ってた事も知らなかったじゃない。彼の事、全て知ってるの?彼の好きな曲。彼の好きな色。彼の子供の頃。彼の学生時代。きっとあなたは桜の父親としての彼の事しか知らないんじゃない?」

あらためて言われると、返事ができない。

「ほらね。あなたは利用されてるの。ただの家政婦と同じ。バツイチになるけれど、離婚なさい」

「利用なんてされてません!」

「私が彼と結婚するはずだったの。あなたより紀之の事を知っている。色んな事を知っている」

「やめて下さい」
大きな声を出すと杏奈さんは「桜がかわいそう」と、刺のある言い方で私を追い詰めた。
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