黄昏時に恋をして
信じがたい事実
 それから毎日、お昼休みには病室を訪れた。 

 入院してから一週間。ドアをノックするが、毎回、返答はない。そっとドアを開ける。ベッド上の大夢くんは今日も眠っているようだ。食堂の昼休みは十四時以降になるので、私が病室に行く時間帯は、ちょうど大夢くんの昼寝タイムとかぶっているのかなと思っていた。鞄から着替えを取り出して洗濯物を入れる。少しの間、寝顔を見てから帰るのが日課になっていた。
 今日も椅子に腰を掛けると、大夢くんの寝顔をみつめていた。良かった、今日も無事に顔を見られた……。落馬事故は、大ケガをしたり、時には命を落とすことだってある。レースは完走できなかったけれど、生きていて良かった。ブラックアウトも骨折はしたものの命に別状はなかった。どちらも休めばまた復帰できるから、今はゆっくり休んでね。
「いつもありがとう」
 目を閉じたまま、大夢くんが呟いた。眠っているとばかり思っていたから、ドキッとした。
「私は、大丈夫だよ! 大夢くんの顔を見るの、楽しみに来てるから」
「でも、もう来なくてもいいよ」
「え? もしかして、もうすぐ退院できるの?」
 久しぶりに会話をしたからか、緊張でぎこちない。胸を打つ音が大きくて、大夢くんにも聞こえそうなくらいだ。
「ひとりでいろいろ考えた」
 大夢くんは、私の問いには応えず、相変わらず目を閉じたまま、呟いた。
「多香子さん」
 私を呼ぶ声が、心なしか元気がない。先程とは違う胸のドキドキが止まらない。小さく「はい」と返事をした。
「……別れてください……」

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