黄昏時に恋をして
 大夢くんは、平日は朝早くから、休憩を挟んで夕方まで仕事をして、土日は競馬場に足を運んでと、完全に私とすれ違っていた。マメな人ではないから、時間が空いたら食堂に会いに来るなんてこともない。私が時々、仕事の合間に厩舎に顔を出して、少し話しをするくらい。
 大夢くん、私のことをどう思っているのかな。
落馬事故以来、恋人らしいことは何ひとつしていない。手すら繋いでいない。近くにいるのに大夢くんが遠い。毎日、不安な日々を送っていた。

 そんなある日のこと。休憩中に厩舎の様子を見に行った。
「多香子さん、待ってたよ」
 待っていたなんて、ちょっと嬉しい。
「この子、今度の日曜日にレースに出るんだ」
 また馬の話か? って、仕方ないんだけれど。
「自分が初めて担当した馬なんだけれど、体が弱くて調整が難しくてさ。やっとだよ」
 馬をみつめる目は、春の日差しのように温かく、思わずドキッとした。
「あと一勝したらオープンに上がれる大事なレース。多香子さん、観に来てくれる?」
 今まで、同行は遠慮していたんだけれど、初めて誘われた。
「うん! 勝てるといいね」
「良かった。最近、そんな笑顔、見ていなかったから」
 そう言われて初めて、笑えていなかったことに気づいた。
「ごめんね」
「謝らないといけないのは自分のほうだよ。なかなか時間を作れなくてごめんなさい」
「私は大丈夫だよ」
 私は、大丈夫。あなたの笑顔が見られたら。

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