苦恋症候群
◆ ◆ ◆
「うわ、降ってるなあ……」
本部にふたつある、職員通用口のうちのひとつ。ATMコーナーから繋がっている自動ドアの手前で空を見上げながら、思わずため息を落とす。
梅雨真っ只中とはいえ、今朝見た天気予報では雨は夜中からだってお天気お姉さん言ってたのに。18時時点で本降りって、雨雲フライングすぎるでしょ。
傘ないけど、家までタクシーってのもなあ。歩いて15分の距離に正直それはもったいない……。
決して穏やかではない雨音を聞きながら思案していると、不意に後ろからポンと肩を叩かれた。
「……あ、田口副部長。お疲れさまです」
「ご苦労さま、森下さん」
振り返った先にいたのは、人事部の田口副部長だった。その右手には、しっかりと黒い傘が握られている。
体格のいい身体を揺らしながら、副部長が私の隣に並んだ。
「森下さん、傘ないのかい?」
「あ、はい。天気予報見て、帰る頃はまだ必要ないかなって思って」
「あーあ、ダメだねぇ。天気予報なんか鵜呑みにしないで、ちゃんと自分で考えないと」
──カッチーン。
相変わらずの人を見下すような言い方に、内心苛立つけれど。
私はそれを表に出すことなく、浮かべた笑みを崩さない。